サラ・ベルナールの世界展

サラ・ベルナールの世界展

世紀末~ベル・エポックを生きた大女優
サラ・ベルナール

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サラ・ベルナールの世界展

19世紀末から20世紀初頭、新芸術様式”アール・ヌーヴォー”が輝き始めた頃、 演劇・芸術・ファッションで人々を魅了していたのが、大女優サラ・ベルナールである。
サラは、彼女の名声の端緒となった、『過ぎ行く人』の吟遊詩人役を好演し、人々から“黄金の声”と讃えられた。
また、女優としての地位を不動のものとしたのは、文豪ヴィクトル・ユゴー作『リュイ・ブラース』の主演を務めたことによる。
更にジャン・コクトーには、“聖なる怪物”と呼ばれ、劇場の女帝の異名を持ち、広く名声を博していた。

ミュシャやラリックの才能を開花させた美のパトロン
1894年、当時無名の画家だったミュシャに、サラ主演の劇曲『ジスモンダ』のポスター制作の依頼が舞い込んだ際、 ミュシャは彼女のために豪華で装飾性の高いポスターを制作した。
そのポスターは人気となり、またたく間に、ミュシャは”アール・ヌーヴォー”の代表的な芸術家となった。
サラのポスターに用いられたミュシャ独自のスタイルは、演劇世界だけではなく、消費社会の到来の合わせて商品のポスターにも応用されていった。
ミュシャと同年に生まれたルネ・ラリックも、サラ・ベルナールに才能を見出された一人。
1894年、サラの舞台装飾をきっかけに、プライベートの装飾具も手掛け、ジュエリー作家としての道が開けていった。
1900年のパリ万博では、見事グランプリを受賞し、アール・ヌーヴォーを牽引した。

サラ・ベルナールとは

サラ・ベルナール(1844〜1923)
Sarah Bernhardt

一人の女優としてだけではなく、欧米をまたにかけ興業した大プロデューサー
フランスの他にイギリスやアメリカへも一座を率いて大興業を行うなど、女優だけではなく事業家としての側面も合わせもっていた。
また、1870年に始まった普仏戦争の際には、当時の劇場「オデオン座」を国や財界の支援を受け、病院として開放するなど、女優や興行主以外の面でも活躍。
そのような社会に対しても貢献する姿が、多くの人々の尊敬を集めた。

女優・プロデューサー・創作者、多彩な才能を持つサラ・ベルナールの世界を初めて日本で紹介
彼女は、生涯を通じて「舞台芸術」に献身し、国民葬とも言える葬儀が行われたほどの偉大な女性。
本展は、その大女優サラ・ベルナールの芸術表現ともいえる「舞台」(衣裳・装身具など)を中心に、 ロートレック、ミュシャ、ラリックなど、サラと同時代に活躍した数多くの著名作家の作品を一堂に集め、サラ・ベルナールを中心に 「ベル・エポック(美しき時代)」の芸術世界をご紹介いたします。

 

主な出品作品

 

アルフォンス・ミュシャ
《ジスモンダ》 1895年 リトグラフ・紙
堺 アルフォンス・ミュシャ館蔵(大阪府堺市)

 

デザイン:アルフォンス・ミュシャ
制作:ルネ・ラリック
舞台用冠《ユリ》
(エドモン・ロスタン作『遠国の姫君』にて使用)
1895年頃 金属、真珠、ガラス
箱根ラリック美術館蔵

 

会期・会場

堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)

  • 2018年11月23日〜2019年3月3日
    http://mucha.sakai-bunshin.com
  • [主催] 公益財団法人 堺市文化振興財団 堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)、読売新聞社、美術館連絡協議会
  • [協賛] ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜

箱根ラリック美術館

  • 2019年3月28日〜6月30日
    http://www.lalique-museum.com
  • [主催] 箱根ラリック美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
  • [協賛] ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜

 

 

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