東京駒場の日本民藝館へ行こう!

美の対象として顧みられることのなかった民藝品の中に、「健康な美」や「平常の美」といった大切な美の相が豊かに宿ることを発見し、そこに最も正当な工芸の発達を見出した柳が作った日本民藝館。

日本民藝館」とは、渋谷駅から京王線で2駅の駒場東大前駅から徒歩5分程度にある「民藝」に関する収蔵品を展示している施設です。ちょうど18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業の変革と、それに伴う社会構造の変革が「産業革命」と呼ばれ、その風潮に異を唱えるようにイギリスのウィリアム・モリスがアーツ・アンド・クラフツ運動を興したように、同じような考えが日本でもありました(こちらをご参照くだされ)。

 

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民藝運動とは?

民藝運動とは、1926(大正15)年に柳宗悦さん・河井寛次郎さん・浜田庄司さんらによって提唱された生活文化運動です。当時の工芸界は華美な装飾を施した観賞用の作品が主流でした。そんな中、柳さんたちは、名も無き職人の手から生み出された日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と名付け、美術品に負けない美しさがあると唱え、美は生活の中にあると語りました。そして、各地の風土から生まれ、生活に根ざした民藝には、用に則した「健全な美」が宿っていると、新しい「美の見方」や「美の価値観」を提示したのです。工業化が進み、大量生産の製品が少しずつ生活に浸透してきた時代の流れも関係しています。失われて行く日本各地の「手仕事」の文化を案じ、近代化=西洋化といった安易な流れに警鐘を鳴らしました。物質的な豊かさだけでなく、より良い生活とは何かを民藝運動を通して追求したのです。

思想家の柳宗悦さん(1889-1961)は数ある著書の中で、このような日常の目の前にある「モノ」に対して、我々が「意識」するという視点を与えたのではないかと思います。古来より日本には八百万の神が存在していたように、森羅万象に神が宿ることを認識しており、針一本、急須や壁にさえ神が宿ると考えられています。

柳さんが「用の美」に気づいたもっとも初期の民具は、朝鮮陶磁器の持つ素朴な美しさであったといいます。これは、何も知らずに見れば、白い陶磁器としか見ることができないのですが、その文化的背景や制作の過程、陶磁器が生み出された生活そのものが時空を超えて心をとらえたのです。これ以降、柳さんは生活の中にあふれる、機械的工業製品とは異なる手仕事による大量生産品に対する生活用具に対し、「美」を見出していったのです。

民藝について、その定義を述べるとなると、その背景にある柳宗悦さんを中心とした当時の思想家達のことから述べなくてはなりません。「民藝」という言葉は、「民衆的工芸」の略語で、柳さんと美の認識を同じくする陶芸家の浜田庄司さん、河井寛次郎さんらによってつくられた言葉です。民藝品とは「一般の民衆が日々の生活に必要とする品」という意味で、いいかえれば「民衆の、民衆による、民衆のための工芸」であると表現されることもあります。

日本民藝館は、「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、1926年に柳宗悦さんにより企画され、実業家で社会事業家の大原孫三郎さん(現クラレ創業者)をはじめとする多くの賛同者の援助を得て、1936年に開設されました。

 

今日の民藝館は「柚木沙弥郎の染色 もようと色彩」

現在、東京民藝館では、柚木沙弥郎(ゆのきさみろう/1922― )の「 柚木沙弥郎の染色 もようと色彩 2018年4月3日(火)~6月24日(日)」が開催されています。

1922(大正11)年に東京で生まれた柚木沙弥郎(96)さんは、当時創設者である柳宗悦さんの思想と芹沢啓介さんの作品に啓発されて染色家の道を志します。自身の作品のほか、女子美術大学では更新の育成にも力を注ぎ、日本民藝館が主催する「日本民藝館展」の審査にも長く携わっています。近年はフランス国立ギメ東洋美術館など国内外で展覧会を開催、今なお旺盛な創作を続けています。

柚木沙弥郎さんは、主軸とする布への染色のほか、ガラス絵、版画、立体、絵本、ポスターなど多様な分野にも積極的に取り組んできました。それは少年のような柚木さんの好奇心が駆り立てたことではありますが、視点を変えれば形式化や惰性に陥りやすい工芸という営みの中で、自作を生き生きとした境地へ循環させるための推進力だったとも言えます。

柚木さんの作品の特徴は何といっても、その生命感のある模様と鮮やかな色彩です。柳宗悦さんは「模様の意義を解く事と、美を解く事とは同一の意味がある」としたうえで、「よい模様は直観でとらえた本質なものの姿である」、「凡ての無駄を取り去って、なくてはならないものが残る時、模様が現れる」と述べています。(「模様とは何か」(1932年))

この度の展示会では、柚木さんによる「記念講演会 自作と日本民芸館」が5月19日(土)18:00~19:30、料金300円(入館料別、要予約)で開催されますが、残念ながら、すでに予約はいっぱいなようです・・・。

美の対象として顧みられることのなかった民藝品の中に、「健康な美」や「平常の美」といった大切な美の相が豊かに宿ることを発見し、そこに最も正当な工芸の発達を見出した柳が作った日本民藝館。

美の対象として顧みられることのなかった民藝品の中に、「健康な美」や「平常の美」といった大切な美の相が豊かに宿ることを発見し、そこに最も正当な工芸の発達を見出した柳が作った日本民藝館。

日本民藝館

日本民藝館本館のうち1936年に竣工した建物部分を旧館と呼ぶようです。旧館は、外観・各展示室ともに和風意匠を基調としながらも随所に洋風を取入れた施設となっています。旧館および道路に面した石塀は、1999年に国の有形文化財に登録されました。新館は旧大広間のあった位置に1982年に建て替えられたものです。

旧館の設計は西館の石屋根長屋門に意匠を合わせ、細部まで柳さんが手がけています。所蔵品は、陶磁・染織・木漆工・絵画・金工・石工・編組など、柳さんの審美眼により選ばれた古今東西の諸工芸品17,000展が入れ替わり展示されています。

その特色ある蒐集品は無心の美や健全な美を宿しており、国内外で高い評価を受けているということもあり、本日もたくさんの海外の方が訪問されていました。

日本民藝館では、品物の説明書きを意識的に少なくしているようです。これは、ものを知識で見るのではなく、直感の力で見ることが何よりも肝要であるという柳さんの見識によるものですが、とはいえ、脈絡のない展示においては、その意図、その蒐集背景、キュレーター個人の考え等を記載していただけると、現代社会における民藝の意識を高めることに通じるのではないかと思いました。(不平・不満ではないです)

館長は初代は当然、柳宗悦さんですが、二代目は陶芸家の濱田庄司さん(1894-1978)、三代目は柳さんの長男でプロダクトデザイナーの柳宗理さん(1915-2011)、四代目は実業家の小林陽太郎さん(1933-2015)、そして現在はプロダクトデザイナーの深澤直人さんが館長職を継いでいます。

元プロダクトデザイナーとしては、柳宗理さん、深澤直人さんに対する尊敬の念はとても高く、スプーンやフォークは柳さんデザインのものを使う意識高い系です。

ところで、日本民藝館の道路を挟んだ向かいには西館(旧柳宗悦出邸)があります。栃木県から移築した石屋根の長屋門(1880年の建造で、現在は登録有形文化財)と、柳さんの設計による母屋になっています。1935年に完成し、柳さんが72歳で没するまで生活の拠点とした建物です。
そのうち、中を見てみたいです。

  • 月曜休館(ただし祝日の場合は開館し、翌日振替休館)
  • 10 :00-17 :00 ※ただし金曜日は19:00まで開館(入館は閉館30分前まで)
  • 入館料 一般 1,100円 大高生 600円 小中生 200円
  • 西館公開日(旧柳宗悦邸) 会期 中の第2水曜、第2土曜、第3水曜、第3土曜(開館時間10:00-16 :30、入館は16 :00まで)
  • 〒153-0041 東京都目黒区駒場4-3-33
  • 電話番号 03-3467-4527
  • 交通 京王井の頭線駒場東大前駅西口より徒歩7分

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