2018年4月18日、内閣府で「産業競争力会議(日本経済再生本部)」の審議会が開催され、「中小企業・観光・スポーツ・文化等」の分野では、「アート市場の活性化」という視点で審議が行われました。
日本経済再生本部とは
我が国経済の再生に向けて、経済財政諮問会議との連携の下、必要な経済対策の実施や成長戦略の実現のための司令塔として日本経済再生本部を設置しています。
また、日本経済再生本部の下、「未来への投資」の拡大に向けた成長戦略と構造改革の加速化について審議するため、未来投資会議を開催しています。出所:「 日本経済再生本部」
とあるように、経済政策の司令塔として2013年1月に新設された政府機関で、総理大臣を本部長とし、全閣僚で構成されています。ここでは主に、経済に主眼を置いた成長戦略について、各分野の専門家の意見も踏まえて幅広い政策が策定されています。
この中で、「未来投資会議構造改革徹底推進会合「地域経済・インフラ」会合(インフラ)(第3回)」が開催され、 4月17日の議題は「1.観光立国ショーケースの形成の推進」、「2.スタジアム・アリーナ改革」、「3.アート市場の活性化」の3つが挙げられました。
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今の私たちの生活は「外貨の獲得」により維持されているものであり、これまでは付加価値の高い商材を日本国内で生産し、海外で販売するという方法で実現してきました。しかしこの先の未来では、少子高齢化が進み、経済活動が縮小していくことが予想されています。引き続き日本経済の維持発展を目的とし、現政権ではその成長戦略の一つとして海外からの訪問客を増やすということを重点としています。つまり、「観光立国」を目指すというものです。
このような中で、文化庁としては、アート市場の活性化という視点で、検討を進めていくのはどうか、という提案が出されました。
アート市場の活性化に向けて(文化庁資料より抜粋、一部改編)
【世界のアート市場の現状】
世界最大のアートフェア「アートバーゼル」とスイス最大の銀行「UBSグループ」が2017年3月に発表したレポートでは、世界の美術品市場の状況は、2014年に過去最高の682億ドルに達し、2016年まで2年連続減少傾向でありましたが、2017年は約12%回復して637億ドル(約6兆7,500億円)となりました。
(※確認したところ、「2018年3月」のレポートかと思います。)
- Global art market up 12% to an estimated $63.7 billion, after two years of decline
- China narrowly overtakes the United Kingdom as second largest market; US retains position as the largest market, and regains ground with an increase in sales of 16% yearon-year
- UBS research collaboration reveals fresh insights on collecting behaviors of US-based high net worth individuals
【日本のアート市場の現状】
世界の美術品市場が6.75兆円の市場規模に対し、日本のアート(美術品)市場規模は 2,437億円と推計されており、①美術品+②美術関連品+③美術関連サービスの合計は3,270億円と推計されています。
【世界における日本のアート市場の現状】
世界のアート市場の規模が637億ドル(約6.75兆円) の中、日本の市場シェアは2437億円(3.6%)程度にとどまる。
国別のシェアでは、米国2.84兆円(42%)、中国1.42兆円(21%)、英国1.35兆円(20%)と、この3か国で世界中の8割を占めている。
【日本のアート市場の可能性】
世界各国のアートに対する国民の視点が同じであるとは言えませんが、文化庁資料では、GDP規模、富裕層人数の比率から市場について推測しています。
日本のGDP(国内総生産)は、アメリカ(18.6兆円)、中国(11.2兆円)に次いで第3位(4.9兆円)であり、100万ドル以上の資産を持つ富裕層の数(2017年)が269.3万人であることから推計すると、成長の余地があると考えられているようです。
文化経済戦略(2017年12月21日資料)
2017年12月には、文化経済戦略として、①国際社会における文化…国のプレゼンスを高める要素として文化の意義や重要性が向上、②我が国の文化…世界に誇るべき多様で豊かな文化芸術資源が存在、③経済における文化…産業競争力を決定づける“新たな価値の創出”を文化が牽引の3点の認識のもと、国家戦略の策定・実行として、新たな経済的価値、社会的価値、公共的価値を創出する方針が示されました。
- 国・地方自治体・企業・個人が文化への戦略的投資を拡大
- 文化を起点に他分野と連携した創造的活動を通じて新たな価値を創出
- 新たな価値が文化に再投資され持続的な発展に繋がる好循環を構築
また、これを踏まえ、文化経済戦略が目指す将来像としても、以下の3点が掲げられました。
- 花開く文化:未来に向けた「文化の着実な継承」、 「次代を担う文化創造の担い手」の育成、「次世代の文化財」の新たな創造
- 創造する産業:「文化芸術資源を活かした新産業・イノベーション」の創出、「文化芸術を企業価値につなげる企業経営」の推進
- ときめく社会:「文化を知り、文化を愛し、文化を支える国民層」の形成、「国民文化力」の醸成による「文化芸術立国」への飛躍
文化経済戦略策定にあたっての重要な6つの視点
- 未来を志向した文化財の着実な継承とさらなる発展
- 文化経済活動を通じた地域の活性化
- 文化経済活動を通じた社会包摂・多文化共生社会の実現
- 双方向の国際展開を通じた日本ブランド価値の最大化
- 文化への投資が持続的になされる仕組みづくり
- 2020年を契機とした次世代に誇れる文化レガシー創出
今回の資料には、「アート市場に係る記述抜粋」として、国際的な芸術祭やコンクールの開催、アートフェアの拡大、世界的なアーティストやキュレーター、ギャラリストの誘致等、我が国の文化芸術資源や文化芸術活動とアート市場が共に活性化し、持続的に成長・発展していくための新たな取組を推進することが再掲されています(VI 推進すべき「6つの重点戦略、5.周辺領域への波及、新たな需要・付加価値の創出」)。
【世界のアート産業の循環回路の現状(イメージ)】
資料では、世界のアート市場の概念図が示されています。中心に据えられているのが「コレクター」であり、彼らがマーケットの原動力であるとの認識のもと、アートフェアやディーラー、オークション会社により流通されています。また、これらを効果的に活性化させるものとして、国際展や美術館のキュレーターの存在があり、これらが「互いに連動し、活発な作品流通を促進するとともに、次世代のスターを生み出しながら市場を持続的に成長させ、資産を増やし続けている」と、かなり踏み込んだ表現をしています。
【日本のアート産業の現状(指摘されている課題)】
日本アート産業で、現状指摘されている課題点としては、以下が挙げられます。
- ミュージアム
収集予算が少なく購入力が極めて弱い/優遇税制が弱く寄贈も少ない
学芸員の絶対数が少なく、組織体制が脆弱/市場との関係性も希薄 - アートフェア
「アートフェア東京」が成長してきているが世界との差は大きい - ディーラー(ギャラリー、画廊、百貨店美術部 等)
欧米のギャラリーと比べ経営基盤が脆弱
国内市場が小さいため高額作品は海外の顧客頼み - オークション
存在するものの取扱数が少なく、売上規模も小さい - 国際展
横浜、瀬戸内、越後妻有はじめ多数のアートフェスティバルがあるものの、海外からの参画や国際的認知度が低く、市場とも連動していないことから、世界のトップ層が集まる、本当の意味での国際展となるためには更なる飛躍が必要 - 批評・メディア
レビューが少なく、アート批評が脆弱。
日本語のみの論文等が多く、国際発信力が極めて弱い
博物館・美術館の国際比較
今回の資料には大変興味深いものがありました。それが、「博物館・美術館の国際比較」というページです。
これによると、ルーブル美術館(フランス)、大英博物館(イギリス)、中国国家博物館(中国)はそれぞれ約6万平米前後の面積を持ち、特にルーブル美術館の職員数は2106人に対し、日本の4つの国立博物館と5つの国立美術館を合わせてようやく6.5平米となり、職員数も300人程度と大差がついています。
また、収蔵品については、大英博物館が800万点と圧倒的に多く、中国国家博物館が106万点、ルーブル美術館35万点であるのに対し、我が国は9施設合計で26万点となっています。
アート産業を活性化させようにも、現在のわが国では、施設的・人的にも経営資源が少ないことが端的に表されたとても良い資料だと感じます。
ミュージアムへの寄託を促進するH30年度新規税制改正
特定の美術品に係る相続税の納税猶予制度の創設(相続税)として、文化財保護法の改正を前提に、改正法に基づく保存活用計画を策定し、国による認定を受け、美術館等に寄託・公開された「国宝・重要文化財・登録有形文化財(美術工芸品)」について、相続税の納税を猶予するという特例が検討されています。
これによって、美術品・文化財の次世代への確実な継承と、公開・活用が促進されるのでは、と期待されています。
今後我が国が目指すべき方向性
今後我が国が目指すべき方法性として、「優れた美術品がミュージアムに集まる仕組みを構築し、美術品の二次流通の促進、アートコレクター数の増、日本美術の国際的な価値向上を図るとともに、国内に残すべき作品についての方策を検討し、アート市場活性化と文化財防衛を両立させ、インバウンドの益々の増に繋げる。」ということが立てられました。
この中で、今後考えられる施策として、次の4点が掲げられています。
- リーディング・ミュージアムの形成
・ 学芸員等体制の強化
・ 全国のミュージアム・コレクションのネットワーク化
・ ミュージアム・コレクションを持続的に充実させる仕組みづくり - アートに係るインフラ整備
・ 美術品がミュージアムに集まることを促す税制の検討
・ 「データベース」「アーカイブ」「トレーサビリティ(来歴情報)」の整備 - 世界のトップ層を呼べるアートイベントの実現
- 日本美術に関する情報の積極的海外発信(翻訳支援等)
特に違和感のない堅実な提案であるかと思いますが、まったく違う視点で一点指摘をすると、このパワーポイントの資料が秀逸であるという点です。パワーポイントのお粗末なデザインを使いながらも、あちこちの矢印を使い、未来の我が国のアート市場を示している壮大な構想なのです。この図案がもととなり、今後の政策が検討されていくことを思うと、これはぜひTシャツにしたいと思います。
ミュージアムの機能強化のためのH30年度新規予算
と、ここまでいろいろなデータを使い説明をしてきましたが、つまり、予算をくださいということです。「アート市場活性化事業」として、「世界のアート市場に比して小規模にとどまっている日本のアート市場を活性化し拡大するため、日本人作家及び近現代日本美術が国際的な評価を高めていくための活動を展開する。」ために、30年度予算額として、50百万円(新規)お願いします、ということです。
事業内容としては、我が国を代表する美術館等において、日本人作家および作品が国際的な評価・価値付けを得ていくための実践的研究や展覧会・論文等による評価の実施、海外への的確な発信等を通じ、世界における日本美術の価値向上に取り組み、我が国アート市場の活性化につなげるため、平成30~34年度の5年間の実施にかけて、我が国を代表する美術館等が行う活動のための予算としています。
この具体的な取組としては、
- 日本及び海外のアート市場等の動向調査
- 有望な日本人の若手作家の実験的コレクション展の企画・実施
- 海外美術館等とのネットワークの構築
- 近現代日本美術の世界的価値を高めることに資する海外展等の企画・実施
- 特任学芸員等の配置
- アート市場関係者等の外部有識者等との連携協力体制の構築 等
とされています。
個人的な感想ですが、とても控えめな予算で、この程度で先の壮大な計画のための基本構想が作成できるのかしら、足りますか?と感じます。
(5年で5千万円ですよね・・・)
省と庁で地位が違うこともあり、大きな予算を要求することはできないのでしょうが、アート市場の活性化のための支援が一層充実するとよいですね。
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