感受性の傘を広げるということ

あいみょん最新アルバム

今日は仕事も早く終わり、久しぶりにテレビ朝日の「ミュージックステーション」を見ました。
最近お気に入りの三浦大知さんが出てるし、仮面ライダーエグゼイドのオープニングソングの「EXCITE(エキサイト)」で踊る、「同志社香里高校ダンス部のみなさん」などがとてもよかったです。

また、小沢健二さんの「ラブリー」&最新曲SPメドレー!ということで、「アルペジオ 」という曲も、女友達と深すぎないけれども、心の支えとなる、その存在について歌った曲については、何となく自分に重ねてみながら、性の枠とは別次元の友情について考えさせられました。

仕事が早く終わったのもあり、行きつけの美容院で髪を切ってからーの、アサヒPRIMEリッチを飲みながら、Mステを観ていましたが、気になる方がいました。
あいみょん」さんという方です。

あいみょんさんは、兵庫県西宮市出身の現在22歳の6人兄妹の二女シンガーソングライターです。
その世界観、歌詞は今ある命を精一杯生きなさいなんて綺麗事だな、とか、男性目線の歌詞「君はロックを聴かない」などは男性視点からすると、「おー、そこまで気づかれてしまうんだ」と思うのと同時に、さて、自分が22歳の時、ここまで人に対する関心や考察を示したことがあったかなーと、思い起こしてしまいました。

ふと、ここで気づいたことがありました。
あいみょんさんの歌詞やスタイル、それに限らず、Mステに出演されている皆さんはエンターテイナーとして活躍されており、「表現者」であるということです。

自己表現の手法は、絵画のように絵に描くことのほかに、ダンスパフォーマンスや音楽なども含まれます。

比較的、絵画は、ファインアートや現代アートのように確立されたカテゴリーに含まれていますが、古典音楽(クラシックなど)とは少し異なる現代ミュージック(特に商業的な音楽)は、アートか?と問われますと、少し「YES」と言いにくいところがあり、どちらかというと、「商業です」となるのかな、と思ってしまいます。

そんな中、三浦大知さんは、かつてFolderというグループに所属し、一時的に脱退はしたものの、それでもダンス&ミュージック界で活躍されています。私はダンスは一切、ノーサンキューですし、その動きの良し悪しの判断はできませんが、少なくとも、下の世代の皆さんが「三浦大知さんが私たちのNo1」という評価は、その通りだと思いました。

あいみょんさんの歌詞は、とても直接的です。
しかし、自分が同じ年で同じように表現できたかというと、それは無理というものです。
少なくとも同じ年の私は、日々、バイクをいじりながら、平和に過ごしており、少なくとも世間に対する「疑問」などは全く抱いていませんでした(その結果は、今にも影響しているという・・・)

彼女のように、自分の感情に向き合い、それを例えば「音楽」のように「昇華」することはできなかったのでしょうか。

それは残念ながら今の私にはわかりません。
それでも、一つだけ言えることがあります。
それは・・・

「感性に正直であれ」です。

大人になると、どちらかというと感受性より社会性や協調性が求められ、これを伸ばすことが「正」とされます。
これは感受性を、「空気を読む」ことを重視する現代社会の社会性と協調性に変換するという効果があると思います。

高い感受性を持ち現代のサラリーマン社会で生きていくことにギャップを感じるタイプの人と、この「空気を読む力」を持ちそれなりにそつなく生きていくタイプの人に分かれる、ということです。

「経営とはアートである」というおっさんがいる一方で、「研究により導かれた論理的回答」を考える人もいます。

私は、双方それぞれ間違っているとは思いません。
感性により生じる経済性もあれば、理論により導かれる経済性もあります。
自分がどちらに近いかを認識すればよいのだと思います。

重要なのは「感受性の傘」ではないでしょうか。

感受性の傘という概念は、私個人のものです。

その基本的な考え方は、「感受性の元(何かは分からない)は、常に雨や空気のように自分の周りに降り注いでいる」というものです。

常に雨が降る中、傘を差さずに歩くのであれば、自分が感じる雨は自分の本体のみですが、傘という「何か」をさすことによって、その雨を「受け止める範囲が広がる」と思うのです。

「受け止める範囲が広がる」ということは、物理的に大きな傘を広げることで、雨粒は10から15に広がることであり、この傘をどのように広げるか!ということが、つまり、感受性を高めるには何をすべきか?という事なのではないかと考えています。

例えば、「キュウリの塩漬け」を見て、「キュウリの塩漬け」と感じることと、これを作った方の生活や思考、私の口に入って、「美味いな」と思わせることを「創造することができる」ということは、その思考回路が全く異なると思います。
これが、「感受性の傘」なのかなーと、日々ぼんやり考えているのです。

古典アートも現代アートもその二軸で語ることは絶対できませんし、そうするつもりも毛頭ありません。

今日の私が言いたいことは、「自分の感受性に素直に従い」、もしアーティストの存在を支援したいのであれば、それこそ素直に、「購入」することで、アート・マーケティングに参加することができ、より良い作品を生み出す側に回ることができる、ということを伝えたい、ただそれだけです。
私たち、一社会人ができることは、きちんと購入し、その気持ちをアーティスト本人に伝えることだと思います。

という訳で、いきなりですが、sachimosの新作と、あいみょんの新作をアイフォンでポチッときました。

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