アーティストを支援する知的財産権について考える

美術追求権

少し前ですが、芸術作品の創作者に対する知的財産権の一種である「追及権」を日本でも創設するよう求めるというニュースがありました。これだけ聞くと、何のことやらサッパリ分からないのですが、絵画を例にすると、作品が転売されるセカンダリーの収益の一部を作家に支払うという仕組みです。

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知的財産権の種類

そもそも、知的財産権とは何でしょうか。ざっくり分けると、知的創造物についての権利と営業標識についての権利です。よく耳にする特許権や著作権もこれらに含まれます。

  1. 知的創造物についての権利
    1. 特許権
    2. 実用新案権
    3. 意匠権
    4. 著作権
    5. 回路配置利用権
    6. 育成者権
    7. 営業秘密
  2. 営業標識についての権利
    1. 商標権
    2. 商号
    3. 商品等表示
    4. 地理的表示
知的財産権の種類

知的財産の種類:特許庁HPより

知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権の4つを「産業財産権」といい、特許庁が所管しています。

産業財産権とは

産業財産権の概要:特許庁HPより

例えば、「いい商品を思いついた!」というアイデアを、他者が作ったとしても、アイデアだけを保護する法律はありません。文書化する、絵に描くなどして、ようやくそれが著作物として、保護の対象となります。その商品の機構が、誰も考えなかったことであれば、特許権を取得することで、他者による模倣に対する防御力を獲得することができ、デザインに新規性があれば、意匠権として保護されることになります。また、プログラミングであれば、著作権でも保護されるのです。

一般的に、これらの産業財産権等により製品が保護され、他社と差別化された商材を販売することで利益を得、これをまた次の投資(または商品開発)につなげるという好循環によって、経済界・産業界の発展を促されていると考えることもできます。

特許権による収益を、開発者にも還元すべきであるという風潮は、青色LEDの特許訴訟で有名となり、従業員が作った知的所有権をどこまで認めるべきかという議論が起こりました。

アート業界における「追求権」とは何ぞ?

例えば、小説家が小説を書けば、原稿料が入ります。また、この小説を雑誌に掲載したり、書籍化して販売すれば、著作権で保護されているため、印税として1冊あたり、〇%が入ってくる仕組みがすでに確立されています。

音楽であれば、レコーディングをして、CD化やデータ化し販売することで、こちらも著作権により、印税収入を確保することができます。同時に、著作物を演奏することのできる権利も認められているため、他者が著作者に許可なく演奏し収入を得ることは法律で禁止されています。参考ですが、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が、大手音楽教室においてレッスンで使用する(JASRACが管理する)楽曲の使用に関して、レッスン料のうち一定額(2.5%程度)を著作権使用料として徴収する方針を打ち出した際も議論を巻き起こしました。

映画であれば、著作権者は、複製権・頒布権・上映権を専有しています。

家庭用ゲーム機といえども、「上映権がある!」という主張のもと、ゲームバーの経営者が逮捕されるというニュースがあったことも記憶に新しいです。

アーティストの作品はしっかり法律で保護されてるじゃん!・・・とは、行かないのが、「追求権」の流れにつながるのです。

特に絵画や彫刻のように、容易に複製が作れない創作物があります。創作者はギャラリーさんに100万円で売りました、というプライマリー(第一次)の取引が成立しました。ギャラリーさんは展示ののち、購入希望者に200万円で売り、セカンダリー(第二次)の取引が成立しました。そして、何回かの転売ののち、某大手オークションハウスで10億円で落札されるという大変栄誉のある創作者ですが、得ている収入は、最初の100万円だけ。あとは自分の作品がマネーゲームのごとく扱われ、自分の手元にはお金は入ってきません。

これが、今のアート業界の問題の一つとして挙げられ、作品を転売した際にその転売額の一部を著作者に支払うということだけに特化した権利を設けようとなっているのです。著作権協会国際連合(CISAC)、日本美術著作権協会(JASPAR)、日本美術著作権機構(APG-Japan)、日本音楽著作権協会(JASRAC)と各団体がその声を上げているのですが、国連機関の一つである、世界知的所有権機関の著作権等常設委員会で取り上げられた追求権の議題において、「追及権を議題に取り上げる事及び専門家部隊の設置」への支持を表明する国が多い中、まさかのアメリカと日本が懸念を示したということです。(参考HP)

政府では「知的財産立国」の実現を目指し、様々な施策が進められています(参考文献:特許庁「知的財産権制度入門」平成29年度)が、文化庁は追及権について、文化審議会の小委員会で「要望があることは認識しているが、立法事実となる調査やデータを持っていないと認識している」と表明(参考HP)しているそうです。

先日、「日本の将来のアート戦略」でも触れましたが、「今後目指すべき姿(イメージ)」にある通り、アーティストは端で、プライマリーギャラリーの後ろという位置づけです。まだまだアート戦略は検討が始まったばかりですので、これから発展していくという状態なのでしょう。

優れた美術品がミュージアムに集まる仕組みを構築し、美術品の二次流通の促進、アートコレクター数の増、日本美術の国際的な価値向上を図るとともに、国内に残すべき作品についての方策を検討し、アート市場活性化と文化財防衛を両立させ、インバウンドの益々の増に繋げる。

出所:文化庁「アート市場の活性化に向けて」(2018/04/17)

追求権の導入が難しい点として、追求権を導入していない国で販売すれば、創作者に権利金を払わなくても良いという抜け道があることです。売価の数%のコストであっても、1億円の売価であれは、300万円(3%と仮定して)を創作者に支払うことになります。これをケチれば、300万円が手元にそのまま残りますので、追求権のないアメリカで売りたくなってしまいますよね。オークションハウスにしてみても、利益がゴッソリ無くなることとなります。これまで、追求権がなくても市場を作ってこれているので、わざわざ余計な権利を作ろうというインセンティブは働きません。

別の視点ですが、アート作品の転売では、一般的に買った金額に費用や利益を上乗せして売ることが多いですが、追求権の導入によっては、結果的にこれまでにかかった追求権をすべて負担するというように見ることもできます。(すべて原価に含まれている)

美術追求権

美術追求権

アーティストの育成という視点では、作品を購入するだけが美術振興ではないという点を理解し、追求権の導入を拒否するのであれば、別の支払い方法を考える必要がありそうです。(※個別アーティストの活動費を支援するという上から目線ではなく、作品に対するフィーとしての支払い義務が発生するとよいですね。)

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